大分の占い師が豊田真由子を語る

大分の占い師が豊田真由子を斬る

豊田 真由子は、日本の政治家、元厚生官僚。衆議院議員、内閣府大臣政務官、文部科学大臣政務官、復興大臣政務官。無所属。学位は修士。元自由民主党女性局次長・青年局次長・国会対策委員会委員等。 金融庁総務企画局課長補佐、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官、厚生労働省老健局課長補佐などを歴任。

私と同じ年の女性。東京大学法学部、ハーバード大学修士と来て、厚生労働省のキャリアを経て自民党衆議院議員と学歴・職歴はこの日本では申し分のない女史ですね。

いや、でもビックリしました。現役、国会議員のスキャンダルとしては珍しいぐらいひどい。(犯罪)

これは取り上げなくては・・と。

豊田真由子氏「このハゲェ~」金切り絶叫!暴言暴行

安倍自民党を、新たなスキャンダルが直撃した。自民党の豊田真由子衆院議員(42=埼玉4区)が、政策秘書(当時)に暴力行為をはたらき、「このハゲ!」などの暴言を浴びせていたと、22日発売の「週刊新潮」が報じた。豊田氏は党本部に離党届をスピード提出したが、党による事実上の「追放」だ。国会議員の資質が問われる問題で、議員辞職に追い込まれる可能性もある。豊田氏は不祥事が相次ぐ「魔の当選2回生」の1人。自民党は「負の連鎖」に追い込まれている。

加計学園問題で追い詰められている安倍政権&自民党を、「魔の2回生」によるスキャンダルが襲った。

「その女代議士、凶暴につき」として報じた「週刊新潮」によると、豊田氏は5月、車を運転中の政策秘書の男性を、後部座席から「お前」と呼んで罵声を浴びせ、頭や顔を数回殴り、けがを負わせたという。支持者に送ったカードの宛先と名前が異なっていたミスが一因で、「このハゲ」「ばかかお前は」などの暴言も吐いたとしている。詳細なやりとりの音声データも公開。男性が、車内で録音したものだとしている。

事務所関係者は取材に、この件を含めて豊田氏が5月19~21日の3日間に、男性の顔などを計7回、殴ったと証言。豊田氏は本人に直接謝罪し、男性はすでに退職したという。

豊田氏は東大法学部卒。厚労省のキャリア官僚を経て、12年衆院選で、自民党の公募で埼玉4区の候補に選ばれ、初当選。当選2回で、15年10月から16年8月まで文部科学・内閣府・復興政務官を務めた。

華麗なキャリアの半面、永田町では「秘書が居着かない議員」の1人で有名だった。ある党関係者は「秘書やスタッフを含め約4年半で100人以上が豊田氏のもとを去った」と話す。

この日の新潮の報道を受け、自民党では二階俊博幹事長、豊田氏が所属する細田派の幹部らが集まり、対応を協議。執行部は、告示日を23日に控えた東京都議選への影響を懸念し、離党は不可避と判断。豊田氏に離党届提出を迫った。

当初は「混乱状態」(関係者)だったとされる豊田氏。午後4時すぎに代理人を通じて離党届を提出。「一身上の都合」だが、暴行への責任を取った形だ。

下村博文幹事長代行によると、豊田氏は精神的に不安定となり、入院したという。発言の数々は議員の資質以前の内容で、民進党の蓮舫代表は豊田氏の議員辞職を要求した。埼玉4区の補選も絡むため、執行部は難しい判断を迫られる。

自民党では、12年、14年の衆院選で「追い風」で当選した若手議員の不祥事が続出。特に、安倍晋三首相の出身派閥でもある細田派は、「ゲス不倫」の中川俊直衆院議員(離党)、セクハラやじ、がん患者への心ない発言をした大西英男衆院議員らの所属先だ。首相は、豊田氏の離党届提出に「やむを得ない」との認識を示したという。

首相の「お友達」が登場する加計問題の対応で、内閣支持率は急落。都議選への影響も避けられない。「安倍1強」への風向きは、明らかに変わりつつある。

https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/1844472.html

日刊スポーツウェブより引用

大分の占い師の豊田真由子氏を斬る

豊田真由子は、占い的には宇宙人キャラです。表向きはオジサマキラーのカワイ子ちゃんキャラが出ますけど・・気分のムラが激しくプライドも高い人。集中力は凄いのでお勉強はさぞできたのでしょう。

変なことで目立ってしまいましたが、目立つこと、特別扱いされること、権力を握ることが大好きです。

今回は、自分の評価を下げるな!!と激しく怒っていましたが、自分が輝くことが最も大事な自分の足を引っ張る無能(彼女にとっては)の秘書が心底許せなかったのでしょう。

人の為に働くなどとちっとも思っていない人が、高級公務員だったことや国政政治家になってこと自体が不幸ですね。

彼女が公の場で謝るときはよっぽど進退窮まったときでしょう、

 

 

 

 

 

大分の占い師が須藤凛々花について語る

大分の占い師が須藤凛々花を語る

AKB48については私自身はまったく興味がないのですが、あまりのひどいニュースに書かずにいられませんでした。

恋愛商売のアイドルが晴れの場で結婚宣言は、ファンにとったら酷すぎます。

秋元やその他運営はAKBを終わらそうとしてそうですね。

NMB須藤「総選挙という場でお話しさせて頂くことを選びました」

17日に行われたAKB48の選抜総選挙で結婚宣言したNMB48の須藤凛々花(20)が21日、直筆でファンやNMB48のメンバーに向けて思いをつづった文書を公表した。

以下、須藤凛々花のコメント全文。

ファンの皆様、AKBグループ関係者の皆様、この度は、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。「私はドラフト一期生としてNMB48に入り、そこで活動していくにつれ、ファンの方々の優しさや、熱い想いに触れ、生きていくことの素晴らしさをたくさん教えてくれました。

人を好きになるという気持ちも、グループに入った時はわかりませんでした。ただ、実際に人を好きになるという気持ちを知り、自分自身の中で、この気持ちとグループに対する気持ちをどちらも大切にしたいという思いになり、それが応援してくれる全ての方を裏切っているように感じて、ずっと心の中で葛藤がありました。

葛藤の中で、両方とも真剣な気持ちで向き合ってきました。私、須藤凛々花としてはみなさんに、きっちりと自分の口で伝えたいと思ってきました。勝手だとは思われるということは当然ですが、アイドルとしての私を支えてきて下さったみなさんに、報道が先走ってしまわないように、自分の口からお伝えしたかったので、総選挙という場でお話しさせて頂くことを選びました。

改めまして、ファンの皆様、AKBグループ関係各位の皆様、この度はお騒がせしてしまい本当に申し訳ありませんでした。応援して下さった方々を傷つけてしまったこと、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

私を育てて下さったファンの方々、メンバーの皆様、そしてこのグループに感謝しています。

私はこれからも私であり続け、そしてファンの皆さまが共に追いかけて下さった夢を決して諦めず、できる限り生きている間に皆様の目に見える形で実現し続けていきたいと思っています。

2017年6月21日

須藤凛々花

NMB48劇場支配人の金子剛氏が22日、同グループの公式ブログで、17日に行われたAKB48選抜総選挙で結婚宣言したNMB48の須藤凛々花(20)の“騒動”について言及した。冒頭で「AKB48総選挙にてNMB48メンバーにご投票いただきました皆様 テレビやパブリックビューイングなどでご覧いただきました皆様 あらためて総選挙へのご参加につきまして御礼申し上げます」とあいさつし、「そして須藤凛々花、NMB48に関しましてご心配をおかけしており申し訳ございません」と陳謝した。

さらに「結婚発表に関しましては、ご声援、ご批判、多くのご意見をいただいております。勿論、様々なご意見があることも承知の上で、素直に気持ちを伝えたいという彼女の決断であり時期は未定でありますが、NMB48卒業の意志を示しております」と現状を説明。金子支配人は「ドラフト会議で指名を受けて加入して約4年、NMB48に対して、真摯に向き合いながらグループを盛り上げようと頑張っている彼女に嘘偽りはないと側にいて、私自身感じております」と自身の見解を述べ、「最終活動日まではメンバーとして活動していくことを支配人として支えて参ります」とサポートを約束した。

須藤は前日21日、東京都内で会見し、グループから卒業すると発表した。人生初の恋人という相手の一般男性とは母親の友人として出会い、昨年末から交際していたと告白。今年に入ってプロポーズされ、卒業を決断したという。

須藤凛々花を占ってみた

彼女は超天然です。しかも超ホジティブで目立ちたがり屋。

なんで哲学者とか言ってんですかね?まったく無理かと思いますが。。

超短期戦が得意で、超自己中です。ですので誰も止められなかった、、いや、利用された?

相手の男もアイドルと分かっていながらプロポーズとはふざけてますね。

AKBやその前のおニャン子クラブなんかも超ブラックな集団だったので、そのアンチノーゼをやってのけたのなら面白いかもしれない。

彼女自身が深く考え計画を練りとかは無理でしょうから、誰かの絵に乗せられたか?本当に突発的に言ったか?ですが、文春にスクープされた後なので間違いなく前者でしょう。

ということは秋元氏も知っていたわけで、もちろん所属の吉本も知っていたはず。

今回のことでAKBを終わらせて彼女自身は数年後に爆弾娘として売り出すという手筈なのかもしれません。

いずれにしても今までアイドルを支えてきたオタクたちを切り捨てるようなこと私は看過できませんね。

オタクたちのお金を巻き上げるだけ巻き上げて、「それは夢なんだから」と切り捨てる芸能界は終わってます。

まぁもう普通の感覚の人はテレビとか見ませんけどね。

今回のことで「真実の愛」とか思っている青い人もいるでしょうけど、本当に純粋な愛ならば週刊誌にすっぱ抜かれた後に行動したりしないでしょう。

ようするに彼女は気持ちいいこともしたいけどアイドルとして気持ちいいこともしたいということだったと。

彼の方は何万人もが憧れるアイドルを独占するという自己陶酔に勝てなかったと。

あ~あです。

 

 

 

大分のニュースを占い師が語るpart2

大分のニュースを占い師が語るパート2

今回のニュースは過労死についてです。

過疎地域の中学教員の過労勤務に関してのことを大分の人気占い師である私が斬っていきます。

大分の女性中学教諭、過労死か 残業月110時間、公務災害認定

大分県の小規模な公立中学校に勤務する女性教諭=当時(46)=が平成26年に脳出血で死亡したのは、長時間の時間外労働が原因だったとして、遺族が公務災害を申請し、地方公務員災害補償基金大分県支部が認定していたことが分かった。大分県教育委員会が19日明らかにした。認定は12日付。

県教委などによると、女性教諭が勤務していた中学校は全校1クラスで、全教員数は臨時職員を含め約10人。女性教諭は国語の授業に加え、バレーボール部の顧問を担当していた。26年7月7日に授業中に頭痛を訴えて意識を失い、緊急搬送され、9月26日に死亡した。

直前の4~6月の時間外労働は、部活動の指導や事務作業が重なり各月とも約110時間で、過労死ラインとされる月100時間を超えていた。

県教職員組合によると、女性教諭は同僚に対し「何かあったらパソコンの勤務記録を見て」と、長時間労働への危機感を感じていたことを示唆していた。組合の担当者は「繰り返さないよう、働き方の見直しを進めなければならない」と話した。

大分の占い師クプアの見解

私的にはIT化、AI化が進んで学校の先生もほとんどが擬人化すると思います。

部活動やグループ活動などは人がやるでしょうが。。10年とか20年とかのスパンでそうなると思いますね。今は人が長時間やることでなんとか持っている職種、業種は無くなるかAI化するしかありません。

病を発病してしまうまで追い込まれることは社会は看過していません。その一方で法律を事実上作っている官僚は超ブラックで働いています。矛盾だらけの社会なんです。

格差がないように政治があるはずなのに実際は格差を広げている上に弱者に不寛容で強者にはやさしい。(パナマ文書とかどうなったの??)

この過労死問題、雇用されている側にはありますが個人事業主などにはありません。たぶんほとんどの個人経営の方は一日12時間働くとかはザラです。休みも3ヶ月ないとかもよく聞きます。こういう方たちの努力があって世界最高の飲食業。建築業などが支えられています。

かたやグーグルやアップルなどの大企業、公務員などは休日の拡充、労働時間の短縮などが進んでいます。これが格差の実態です。

 

 

 

大分のニュースを占い師が語る

大分のニュースを占い師が語ります

今日は2017/06/17(土)、大分県別府市は天気は曇りで少し暑いぐらいです。

全国のニュースでは共謀法が成立したり加計学園はやっぱり総理の意向が働いたりするニュースがありますが、ちょっと前の日本なら内閣が倒れるほどのことでもなんでもなく事が進むぐらい庶民は日々の生活に精一杯になってきています。

さてそれでは大分のニュースはどんな感じでしょうか?

切り口、視点変え発信 30周年 大分市歴史資料館

大分市歴史資料館(国分)は開館30周年を迎えた。国史跡の豊後国分寺跡史跡公園に隣接し、市内の歴史や文化をさまざまな視点から発信。体験学習にも力を入れ、子どもから大人まで幅広い層に親しまれている。本年度は戦国大名大友宗麟が本拠とした大友氏館(顕徳町)の市教委発掘調査から20周年目にも当たる。10月には、未解明な部分が多い大友氏館の実像に迫る節目の特別展を企画している。

1987年4月の開館。古代から近代までの資料展示、文化財収集、市民の歴史学習の他、豊後国分寺跡のガイダンス機能を担う。
常設展示室には時代ごとに市内各地の古墳や遺跡の出土品、豊後国分寺の遺物、大友氏関連の資料など千点余りが並ぶ。
年1回(91年までは年2回)の特別展は35回、テーマ展示は97回を数える。多岐にわたる地域の歴史に焦点を当て、最新情報を全国各地の関連資料とともに展示。絶えず切り口や視点を変え、「理解が深まるように」と工夫を凝らす。
30周年記念の特別展「威信の舞台―よみがえる大友館」(10月27日~12月4日)では、大友氏館での行事や作法を記録した日記の内容を交えて、政治経済の中心地・府内で果たした役割などを紹介する。
子どもを中心とした体験学習も大きな柱。歴史や施設を身近に感じてもらおうと、土偶、勾玉(まがたま)、土笛作り、織物や火おこしに挑戦する教室を月1~2回開いている。市内の小中学校で出張教室も開催。「リピーターや親子連れの来館につながっている」
2014年には通算来館者数が100万人を突破。昨年度は延べ約4万6千人が訪れた。
武富雅宣館長は「今後も大分市の歴史への関心を深め、好奇心をかき立てるような展示や体験を提供していきたい」と話している。

引用 大分合同新聞

大分のニュースを占い師が勝手にコラム

大分のニュースは、これは宣伝記事ですね、1987年にオープンですからバブルの真っ盛りに大分市もハコモノをとして作った歴史資料館。ここに年間4万6千人に来ていることに驚きです。

大友宗麟が、大分市の誇りなのでしょう。大友宗麟ネタは大分では多いです。全国ではそんなに人気ないのですが、九州では島津・龍造寺・大友ですからね。まあいずれも豊臣に屈しましたが・・

私も小さい時に歴史資料館などになんか行かされましたね、私は歴史好きですからまあまあ楽しんでいましたが・・クラスメイトなどはつまんね~~って言ってましたね。小学生とかに無理やり連れて行っても無駄ですね。

もっとも最近は歴女なる人がいますのでこういったところにもやってくるかもしれません。

大友宗麟の時代に大分(府内)が栄華を極めていたということです。キリスタン大名だったというのも有名な話ですね。